志村けん ギャグ量産秘話がすごい!伝説のギャグ誕生のキッカケは?

芸能

新型コロナウイルスの感染によって亡くなられた志村けんさん

数々のギャグで日本中を笑わせてくれました。

伝説のギャグはどの様に生まれたのでしょうか?

今回の記事ではそんな志村けんさんのギャグ量産秘話についてお届けします。

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志村けん ギャグ量産秘話の詳細

志村けんさんはコメディアンとして、伝説に残るコントをたくさん作られてきましたね。

今でも知れ渡る伝説のギャグの数々はどの様に生まれたのでしょうか?

それでは、「志村けん ギャグ量産秘話」について報じられた記事の詳細がこちら

◇志村けんさん死去

志村さんのギャグのルーツは、学生時代からの喜劇好きにある。「シャボン玉ホリデー」、「雲の上団五郎一座」などに夢中になり、米喜劇俳優ジェリー・ルイスの映画3本立てを映画館で一日中見ていたこともあった。「日常生活の中から、面白いことを見つける」のが信条。だが、その名を一躍世に知らしめた「東村山音頭」は突発的な産物だった。

76年3月「8時だョ!全員集合」の公開生放送。「少年少女合唱団」のコーナーでドリフのメンバーやゲストがそれぞれの地元の歌を披露することになり、追い込まれた志村さんが苦し紛れに歌ったのが同曲。「東村山一丁目」のフレーズで「イッチョメ、イッチョメ、ワーオ!」と叫んで爆笑を誘いブレークした。後に衣装が股間に白鳥の首をつけたバレリーナ姿になると、まねをする子供たちが続出した。

同番組では、加藤茶(77)とタキシード姿でひげをつけ、手のひらを下に向けながら両腕を上下に動かして踊る「ヒゲダンス」、童謡「七つの子」の替え歌で「カラスの勝手でしょ~」も人気を呼んだ。ほかにも学校コントで英語の一人称変換をもじった「アー・ミー・マー」のほか、「あんだ、バカヤロー!」、「おこっちゃやーよ!」など“名言”を続々と生み出した。

「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」では、3連の団扇(うちわ)太鼓を叩きながらの「だいじょうぶだぁ」が評判に。福島県喜多方市にある義理の姉の実家に遊びに行った際、親戚が話したフレーズを誇張してできたもので、後に冠番組名にも使用された。

その87年スタートの「志村けんのだいじょうぶだぁ」の初回放送で誕生したのが「変なおじさん」。神出鬼没で現れ周囲から不審がられ続け「何だチミはってか?そうです、私が変なおじさんです」から「だっふんだ」でオチをつける流れはコントの定番に。ほかにも事務所の社長に連れていってもらった料理店で、芸者の顔つきや声色を参考にしてポーズを決めた「アイ~ン」、眼鏡をかけて常に手が震え「あんだって?」と聞き返すなど周囲とずれた言動、行動で笑いを取る「ひとみばあさん」も人気で、16年には湖池屋「カラムーチョ」のキャラクターとなった。

じゃんけんの掛け声「最初はグー!」を広めたのも志村さんだった。元々はお座敷遊びで使われていたとされるが、80年代に「8時だョ!全員集合」のコントで「最初はグー」を使ったことで、日本中の子供たちに広まった。志村さんが18年に出演した番組で明かした話では、当時仲間と飲み代の支払う人をじゃんけんで決めようとしたが、みんなが酔っぱらっているため「最初はグーで合わせよう」となり、これは使えるとしてコントに取り入れたという。また、半月状に切ったスイカを一気に完食する「スイカの早食い」もテレビ番組で度々披露。子供たちがこぞってマネをした。

 

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志村けん 伝説のギャグ・ネタ一覧!

伝説のギャグ・ネタ一覧!

  • 東村山音頭
  • ヒゲダンス
  • カラスの勝手でしょ~
  • あんだ、バカヤロー!
  • おこっちゃやーよ!
  • そりゃそーだ!
  • アーミーマー
  • スイカの早食い
  • アイーン
  • バカ殿さま
  • 変なおじさん
  • ヒゲダンス
  • だっふんだ
  • だいじょうぶだぁ
  • ひとみ婆さん

 

 

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志村けん ギャグ量産秘話のネットの反応は?

志村けん ギャグ量産秘話ついてネットの反応はどうなのでしょうか?

こうして、振り返ってみると、本当に偉大なコメディアンでした。

最初はグーは、ドリフや志村さんの全盛期をリアルタイムで観ていない今の小・中学生でも必ずと言ってよいほど使っています。お笑いだけにとどまらず、日本の現代娯楽文化に欠かせない逸材でした!

志村けんさん、ありがとう!

同じ東村山市の出身です。地元どこなの出身どこなのと聞かれて東村山市ですと言うた必ず志村けんさんのと返答が返ってきた。東村山の誇りです。去年の夏1年振りに小6の次男に会ってたまたまテレビでバカ殿がやっていて次男が腹を抱えて笑ってるのを見て本当に凄い方なんだと思った。
幼い頃から沢山笑わせてもらいました!ありがとうございます。
ゆっくり休んでください。
合掌
東村山音頭のキッカケは、長さんがいつも全員集合の会議のときに志村さんのこと「この田舎モンが!東村山の田舎モン!」って詰っていたのを志村さんが皮肉って、「はいはい、東村山は田舎ですよ… 東村山ァ~♪」って歌ったのがスタッフ内でウケて、全員集合の本番でも歌うキッカケになったってテレビやエッセイ本で言ってましたね

アカの他人のはずで、一度もあったことがないのに、
こんなに喪失感を味わって、さみしい気持ちになったのは初めてです。

テレビの中の人だったけど、ホントに身近な人だったのかと。
志村さん、ありがとうございました。

東村山音頭、髭ダンス、早口言葉等、幼少の頃、放送日の翌月曜日、男子は学校で皆真似をした。

今思い出しても、面白いし、懐かしい。まさに土曜の夜は、子供に取り、天国だった。

6:30からのタイムボカンシリーズから始まり、漫画日本むかし話、クイズダービー、8時だよ、全員集合がピーク。そして唯一、夜更かしが許されるのも、此の日だけ。

ちょっぴり大人の気分に浸りながら、Gメン75を見る。懐かしい。
その中で一番輝いていたのは勿論、ドリフ。

ご冥福をお祈りいたします。

長年、志村が大好きだったというより、そばにいて当たり前、それが志村けんだった。
身内でも親友でもない人が亡くなってこんなに悲しくなったのは生まれて初めて。しかも原因がコロナでは悔しいし残念でならない。
温和な性格で、長さん以外の人の悪口を言わない。長さんの悪口もネタだし。女運に恵まれなかったのか未婚が本心なのかは分からないけど、生涯バカを貫いて、自分を犠牲にして人々にいつも笑いを届けてくれた。
我々は本当に貴重な人をコロナに奪われた。どうしてくれるんだ。
最初はグー
このフレーズはじゃんけんがある限り100年後どころかもっと先の未来でも使われ続けるだろう。
そして遠い未来の人たちも志村けんという最高に面白いコメディアンがかつて存在したんだと知ることだろう。
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志村けん ギャグ量産秘話のまとめ

こうして振り返ってみると志村けんさんがいかに偉大なコメディアンだったのかわかります。

ご冥福をお祈りいたします。

 

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